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2020年7月 6日

ハウスチャーチが再開した

茅ヶ崎の集会場で、ほぼ毎週日曜日に礼拝をしていたのだが、コロナ禍のためその会場が3月から4か月クローズされていたので、ネット礼拝をしていました。
やっと緊急事態宣言が解除され、会場が使えるようになり7月5日(日)は久しぶりに少人数だが集まって、顔と顔を合わせ礼拝しました。やはり良いものです、主に感謝。

とはいっても、東京近辺まだ感染者が増えている状況で、施設側から施設使用後、手や机、いす、電気のスイッチやクーラーのスイッチ、ドアノブを消毒するようアルコール、ティッシュ―、ビニール手袋等のワンセットをバスケットに入れ渡されました。
室内も強制換気され、風が体に当たるほどでした。
もちろん使用者はマスク着用し、ソーシャルディスタンスをもとりました。

さて、久しぶりに皆で聖書を開き、旧約聖書の出エジプト記25章を読んだ。
主が、エジプトから脱出してきたイスラエルの民にあかしの箱(モーセの十戒の石板を入れた)、机、ランプを作るようにサイズ、材料、形等の詳細を指示した。私もこの個所を何度も読んだことがあったが、なぜこんなに詳細に神が指示しなければいけないのか不思議で、あまり興味が持てないところだった。しかし注意して皆で読み、話し合っているうちにだんだんと神の意図が理解できるようになってきた。

1、信仰は神の言葉を、純粋に信じそのとおり行うことです。
(聖書の言を誤解したり、薄めたり、少し曲げたりしがちです。)
具体的には、いくつかの例があるがその一つ、列王記(下)5章にアラムの王の軍司令官、ナアマンが重い皮膚病になっていて、時の神の人エリシャに癒しを求めに行った。ところがエリシャはナアマンに会うこともなく、ヨルダン川で7度身を洗いなさいと言われただけ。「ヨルダン川より地元の川のほうがずっときれいだ。」とナアマンは怒った、が家来が神の人の言葉に従うよういさめたので、その通りヨルダン川に7たび身を浸すと、彼の体は子供の体のように癒された。

マスクをしての賛美は、少し声が出せないが、それでも霊に満たされた良い礼拝でした。

「見よ、兄弟がともに座っている。なんという恵み、なんという喜び。」
     詩編133篇1節


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畑のアガパンサスとフェンネル

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